古賀さんが立つ時

「おれは無論行くんだ。古賀さんが立つ時は、浜《はま》まで見送りに行こうと思ってるくらいだ」「送別会は面白いぜ、出て見たまえ。今日は大いに飲むつもりだ」「勝手に飲むがいい。おれは肴《さかな》を食ったら、すぐ帰る。酒なんか飲む奴は馬鹿《ばか》だ」「君はすぐ喧嘩《けんか》を吹《ふ》き懸《か》ける男だ。なるほど江戸っ子の軽跳《けいちょう》な風を、よく、あらわしてる」「何でもいい、送別会へ行く前にちょっとおれのうちへお寄り、話《はな》しがあるから」 山嵐は約束《やくそく》通りおれの下宿へ寄った。おれはこの間から、うらなり君の顔を見る度に気の毒でたまらなかったが、いよいよ送別の今日となったら、何だか憐《あわ》れっぽくって、出来る事なら、おれが代りに行ってやりたい様な気がしだした。それで送別会の席上で、大いに演説でもしてその行を盛《さかん》にしてやりたいと思うのだが、おれのべらんめえ調子じゃ、到底《とうてい》物にならないから、大きな声を出す山嵐を雇《やと》って、一番赤シャツの荒肝《あらぎも》を挫《ひし》いでやろうと考え付いたから、わざわざ山嵐を呼んだのである。 おれはまず冒頭《ぼうとう》としてマドンナ事件から説き出したが、山嵐は無論マドンナ事件はおれより詳《くわ》しく知っている。おれが野芹川《のぜりがわ》の土手の話をして、あれは馬鹿野郎《ばかやろう》だと云ったら、山嵐は君はだれを捕《つら》まえても馬鹿|呼《よば》わりをする。今日学校で自分の事を馬鹿と云ったじゃないか。自分が馬鹿なら、赤シャツは馬鹿じゃない。自分は赤シャツの同類じゃないと主張した。それじゃ赤シャツは腑抜《ふぬ》けの呆助《ほうすけ》だと云ったら、そうかもしれないと山嵐は大いに賛成した。山嵐は強い事は強いが、こんな言葉になると、おれより遥《はる》かに字を知っていない。会津っぽなんてものはみんな、こんな、ものなんだろう。 それから増給事件と将来重く登用すると赤シャツが云った話をしたら山嵐はふふんと鼻から声を出して、それじゃ僕を免職《めんしょく》する考えだなと云った。免職するつもりだって、君は免職になる気かと聞いたら、誰《だれ》がなるものか、自分が免職になるなら、赤シャツもいっしょに免職させてやると大いに威張《いば》った。どうしていっしょに免職させる気かと押し返して尋《たず》ねたら、そこはまだ考えていないと答えた。山嵐は強そうだが、智慧《ちえ》はあまりなさそうだ。おれが増給を断《こと》わったと話したら、大将大きに喜んでさすが江戸っ子だ、えらいと賞《ほ》めてくれた。

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